
写真は、実家の向かいに佇む当社の老朽化した集成材工場。
40年ほど前まで、建具の材料をここで作っていました。母より少し年上の、中年の女性たちが多く働いていて、子供だった私を皆で可愛がってくれました。機械の刃が回る音や、休憩時間の賑やかな笑い声が、今も胸に残っています。
判りやすい例えでいうと、、「紅の豚」の飛行機工場、「千と千尋の神隠し」の湯屋、「もののけ姫」のタタラ場、「天空の城ラピュタ」のドーラの海賊船、「君たちはどう生きるか」の女中のおばあちゃんたち。ジブリアニメに毎回出てくるような、陽気で猥雑で哀しい、日々懸命に働く人々の世界がそこにありました。
スマホもネットもコンビニも無かったけれど、今よりも世の中に勢いや、熱っぽさがあり、人の心には夢と大らかさがあって、それほど悪い時代ではなかったように思います。

中はもうかなり傷んでしまい、立ち入るのも危険なほどですが、思い出に導かれて、たまに足を運んでしまう場所なのです。

床板のわずかな隙間から登ってきた蔦が、人間の営みを覆い隠してゆこうとしています。

所々割れ落ちたガラス窓の向こうに、栗の木が見えます。
今年、この木に登って栗を食べている熊の姿が何度も目撃されました。この栗の木は、今から半世紀ほど前に、実家の近所に住んでいた おじさんが植えた木なんですよ。
草ぼーぼーになっていますが、昔は綺麗に手入れされた畑でした。木のすぐ近くに肥溜めがあったんですよね。あの豊富はウンコは、どこから汲んできていたんでしょうか。
そう言えば おじさんは、たしかコロという名の茶毛の犬を飼っていて、毎日一緒に散歩したり、畑にも連れていって、とても可愛がっていました。

おじさんも、おばさんも、コロも皆ずっと昔に亡くなってしまったけれど、ここには忘れられない沢山の思い出が眠っています。その中のエピソードの一つお話します。
小さな栗の木の下で
まだ小学校の低学年だった頃の話。祖父母から溺愛されていた私は、毎日お小遣いをもらっては、近所の「木村商店」という駄菓子屋に通っていました。その駄菓子屋までの道の途中に、おじさんの家がありました。家の前を通ると、おじさんが家の外で、畑で採れたニンジンやイモを洗ったりしていました。そして私を見かけると、よく声をかけてくれたんですよね。
今思えば、普通に良い人だったのだけれど、子供相手だと、少しからかって話をする人だったので、当時の私は、正直苦手に思っていました。ある日、いつものように駄菓子屋に行く途中に、自転車で通りかかったら、何となく、すすけた格好をしたおじさんが、私に話しかけてきました。
「かずくン、栗好きか!?」
面倒くせえな、、と思いながら、とりあえず「うン…」と答えたら、「これ食ってみろ!」と渡されたのは、外皮が真っ黒に焼けた栗でした。たぶん畑で採れた栗です。
おじさんがナイフで皮を剥いたら、中から小判のような黄金色の、見るからに美味しそうな、ほくほくの実が出てきました。口に放り込むと、それは今まで食べたことがないような、栗の旨みと甘みが凝縮した味でした。

あまりの美味しさに驚いて、どうやって作ったのか聞いたら、おじさんは得意げな顔をして「誰にも云うなよ!」といって教えてくれました。40年間秘密にしていた、おじさんの焼き栗レシピをここに公開します。
①地面(砂地)に穴を掘って、枝や落ち葉を集めて火を起こす。
②ナイフで切り目を入れた栗を皮ごと焚き火に放り込んで、少しの間炙り焼きにする。
③焚き火に砂をかけて栗ごと埋める。
④1時間程度、熱い砂の中で蒸し焼きにする。
⑤掘り出して完成
40年前に、たった一度だけ聞いた話なのに、ちゃんと憶えている自分の記憶力を褒めてあげたい。でも、まだ一度もチャレンジしたことがありません。
いつかやってみたいと思っていますが、今どき外でそんなことをしていたら、匂いに釣られてやってきた熊に、後ろから襲われそうでやばいですね、、、

熊に襲われた方たちの怪我(主に顔や頭部)は、凄惨を極めていると聞きます。圧倒的な暴力で、人生が変わるほどの大怪我を負ってしまったら、自分は立ち直る自信がありません。
おじさんが亡くなってから、既に20年以上経って、きれいに手入れされていた畑は草に覆われ、もう見る影もありません。おじさんが植えた栗や柿の木は、ずっと放置されたままとなっていました。それが熊を誘き寄せる原因に、、、でも誰も責めることはできません。人がいなくなるということは、そういうことなので。

暖かい思い出とともに残された、かつての人々の痕跡が、何の因果か、巡り巡って今や禍の種となってしまったことを、とても切なく、残念に思います。
しかし考えてみると、人間の行いは、長いスパンで見てみると、ことごとく似たような皮肉な結末ばかりですね。特に木材業界に多いように感じるのは何でなのでしょうか、、その話はまた別の機会にでも。
③につづく

