
かつて寺山修司が、昭和の名競走馬ハイセーコーの引退に寄せて朗読した「さらばハイセーコー」は、過ぎ去った時代の熱狂に取り残されてしまった無名の人々の寂寥感を表現した、名文中の名文です。その一編になぞらえて、去る2月28日に、惜しまれながら暖簾を下ろした能代の名店「よっちゃん」のトリビュート記事を書かせていただきます。

ふりかえれば、よっちゃんのお母さんへの感謝は尽きません。通い始めて10年間、仕事がうまくいった日も、くたくたになって出張から戻ってきた日も、懐かしい友と再開した日も、難しい選択に答えを出した日も、いつもよっちゃんにいたような気がします。
何年も通って仲良くなっても、お母さんは基本的に多くを語らなかったし、客に無駄な質問もしませんでした。何しろ次々と注文が入ってくるので、余計な話をしている余裕が無かったのが一番の理由だろうけれど、お母さんには独特の距離感があって、それが店の中に、ある種の秩序を作っていました。よっちゃんに長年通っていた常連の面々は、その秩序を愛し、尊重していました。いつか近い将来、終わりの日が来るからこそ、なお一層大切にしたかったのかもしれません。

注文がひと段落すると、お母さんはカウンターの中の椅子に腰をかけ、客同士の会話を真剣な顔つきで聞き、何かを考えているような鋭い目つきをしていました。単に疲れて無の境地だったのかもしれないけれど、その客との距離の置き方が好きだったし、たまに見せる温かい慈愛に満ちた笑顔が、どうしても目に焼き付いて離れません。


ふりかえれば、一人のおじさんが、いつもカウンターの真ん中の席で飲んでいました。
80年から90年代に、少し流行ったロックバンドのボーカルに似た顔つきだったので、それを本人にいつか言おうと思いながら、5年間一度も声をかけられずにいました。でもある日、偶然隣に座った時に、おじさんから話しかけてきてくれたのです。
「アンタね、誰かに似た良い男だと思って、ずっと前から声をかけたかったの」
それは俺のセリフですと、お互い大笑いしました。

以来、店で会うたびに毎回同じことを言ってくるので、それはもう聞き飽きましたよ!って言った頃には、本当の仲良しになっていました。そしていつの間にか、常連たちの輪の中に、自分も入れてもらっていることに気づいたのでした。

ふりかえれば、酒場の女の雰囲気をまとった一人の中年女性が、カウンターで連れと飲んでいるのをよく見かけました。青春時代は荒れた生活をしていたような、どことなく影のある女性でした。彼女は好物のブリのカマ焼きを、店に来ては必ず頼んでいました。お母さんも彼女のために、ブリカマを毎晩欠かさず一切れは仕入れていました。
何人もの酔っ払いたちが、的を外して汚したまま出ていったトイレを、彼女はいつも黙ってピカピカに拭いていたことにある日気がついてから、自分も彼女を見習うことにしました。そんな話を彼女としたことは一度もないし、どこの誰なのかも、最後まで分からずじまいでしたが、けっして外には見せない彼女の内面の清廉さが、ずっと胸に残っています。

ふりかえれば、「社長」と呼ばれ、お母さんや常連の皆に親しまれていた一人の男性が、いつもカウンターに座って飲んでいました。車とゴルフの話をするときの社長の顔は、まるでお地蔵さんみたいな、朗らかな笑顔だったのが印象的でした(外車に乗ってゴルフにいくお地蔵さんなんて嫌すぎますが)。
世のイケてる経営者が、飲み屋で若者にするような過去の武勇伝や、説教を一切聞かせないところに、社長の人柄を感じていました。でも実際は、自分がイケてないと思っていたからなのではないか、と今になれば思うところもあります。でも私には、いつも優しかったです。

社長が会社を畳んでからは、最後まで店で会うことはありませんでしたが、外車の代わりに、除雪車に乗って雪寄せをしている姿を偶然見かけたとき、元気そうで安心しました。
アップダウンの激しい木材業界で、誰もが一時は成功を経験し、やがて衰退して去っていく姿を、もう何度も目にしてきました。木都を拓いた天下のアキモクでさえ、100年は続きませんでした。自分だけはそうなりたくない、、、という気持ちに突き動かされて走る一方で、明日は我が身と、どこかで腹を括っているところもあります。その過酷さと隣り合わせなのが、中小企業の経営です。

他にも、常連の皆さんとの、たくさんの思い出が尽きませんが、いくらふりかえったところで、よっちゃんはもう存在しません。そこにあるのは、抜け殻になった暗い小屋だけです。
それに、お母さん自身に会いたければ、午前10時頃に「いとく」南店に行くと、結構な確率で買い物している彼女に会うことができます。常連の皆さんだって、どこかで元気に、それぞれの酒を楽しんでいることでしょう。だからもう、ふりかえるのはこれくらいにして、思いを切って、先に進むことにしようと。
よっちゃんは、ただの一軒の居酒屋にすぎなかった
よっちゃんは、ただの10年の連続ドラマにすぎなかった
よっちゃんに通った日々は、空しかったある日の、代償にすぎなかったと。
しかし忘れようとしても、瞼を閉じると、あの温もりにみちた店の灯りが蘇ってきます。
耳を塞ぐと、あの日の賑やかな笑い声が、聞こえてくるのです。



お母さん、長い間お疲れ様でした。
そして、ありがとうございました。

