
2017年の秋、私は失意のどん底にいました。理由をここで説明することはできませんが、適当にお察しいただければと、、、
町外れに借りたアパートで一人、無気力なまま、The XXの新アルバム「I See You」を無限ループで、いつまでも聴いていました。

澄んだ哀しみの色に統一された名曲ぞろい。まさに名盤。
あの日、たしか3連休に入る前夜だったと思うのだけれど、明日からの予定など何もない私は、ニトリの通販で買った、そこそこ高級感のある革張りのソファに寝転がり、毎月惰性で買っている、メンズファッション誌に連載されていた、島地勝彦さんのコラムを読んでいました。
岩手県の一関にある、ジビエ専門の食堂「狩人」について書かれたコラムで、そのお店で食べられるという「熊刺」(熊肉の刺身)に、大変興味をそそられました。
熊肉は過去に一度だけ、地元の人気スナックのママが作った煮付けを食べさせられたことがあったのだけれど、味よりも、口に含んだ時の臭いが強烈すぎて、2度と口にはしないと誓いました、、、
そんな熊肉を生で、、、しかし島地さんのコラムによると、肉に臭みは一切なく、とろけるような舌触りの脂身を口にすれば、ドングリや、ブナの実の、甘く香ばしい香りが鼻に抜け、他のどんな家畜や、獣の肉とも違う、森の恵みそのものを味わっているような感動が押し寄せる、、、
といったようなことが、書かれていました。
その一文は、絶望に打ちひしがれていた私の心を、なぜか強く揺さぶりました。
翌朝、再びニトリのソファに寝転がって、昨日読んだエッセイのことを、しばらくの間考えていました。そして、「もう10時か、、、」と思った瞬間、意を決して起き上がり、携帯で、例の熊肉のお店に電話したんですよね。自分にしては珍しいほどの行動力。
今日の午後から行っても良いか確認したら、電話に出た女性は、一言「大丈夫ですよ」と。熊刺しを食べたいのですが、、と云ったら、少し驚いて、「お父さんに聞いてみます」とのこと。お父さん?
そして「熊蕎麦もどうですか?」と強く勧められたので、んじゃそれもお願いしますと。
電話を切って、素早く身支度と荷造りを済ませ、部屋を出て車に。能代南インターから高速に乗って、目指すは一路 一関!熊さん待ってろよ!
熊刺しを求めて

お店に着いた頃には、すでに外は暗くなり始めていました。というか、島地さんの記事では、お店があるのは一関と書かれていましたが、厳密には、一関の隣の、宮城県栗原市にありました。一関から、車で30分くらいの場所です。
一関駅付近にホテルを予約していたので、一旦チェックインしにホテルに寄って、それからお店に向かいました。ナビに目的地を登録したら、県境の山道を抜けていくルートが出ました。想定外に、ちょっとした冒険でしたが、その話は、いつかまた別のエピソードで。
そんなこんなで、店に着いたのは16時半過ぎでした。1時間半も遅刻してすみませんでした、、、いざ入店。




予想を裏切らない、超絶マタギ浪漫に満ち溢れた店内。出迎えてくれたお母さんによると、店に飾っている毛皮や剥製は全て、旦那さんがマタギをしていた時代に、仕とめた野生動物だそうです。野生の迫力に圧倒され、微妙に、食欲が、、、なくなる(笑
すごいですね、、、と感心して眺めていたら、店の奥から出てきた旦那さん(当時80歳)が、嬉しそうに、誇らしそうに、「すごいべ」と云いました。お父さんの、山人としての誇りと、山に対する、果てしなく深い愛を感じました。
でもぶっちゃけ、お母さんは「やりすぎだべ、、、」って思っているような気がしないでもありません。でも、それもまた、きっと愛。

お父さんと会話をしていたら、ほどなくして熊蕎麦が運ばれてきました。ご飯までついて、そこそこのボリューム。しかも、お父さんが朝に山で採ってきた、天然の舞茸を、サービスで入れてくれました。
熊の肉から出た、すごい量の脂が浮かんでいますが、しゃきっとしたミョウガの香りが効いているせいか、くどさを感じさせず、力強い熊の旨みを、最後まで飽きずに堪能できました。これぞマタギ料理!って感じでした。
ぶっちゃけ、食が細めの私には、これだけで十分満腹な量でした。
先に刺身を出してもらえば良かったなと、、、

そしていよいよ、お目当ての熊刺しが運ばれてきました!
このために、4時間半かけてここまで来ました!と言ったら、お父さんが、獲物を仕とめたハンターの顔で、ニヤリと笑いました。
冬に捕獲し、冷凍保存されていた熊肉を、ルイベ(半解凍)にしたのが熊刺しです。
薄切りにされていますが、脂層の厚みが半端ありません。一方、肉は赤身。まだかなり凍っている状態でしたが、我慢できず、箸で一枚つまんで口に入れました。
、、、んん?
想像よりも遥かに淡白というか、先に食べていた熊蕎麦が、かなり濃厚な味わいだったので、そっちの余韻に引っ張られて、舌がバカになっているのだろうか、、、
期待しすぎて空回りしたのでは、、という不安が胸を過りました。そんな私の様子を察したのか、お父さんが心配そうに「旨ぇが?」と話しかけてきたので、
いやー、美味しいですね!と答えたら、満足そうに頷いて、そこからマタギ時代の様々なお話を、超ロングに聞かせてくれました。
島地さんのコラムを読んで、お店のことを知ったと言ったら、お母さんも大変嬉しそうにされて、島地さんのお話を色々聞かせてくれました。
お二人の話がひと段落したころで、再び熊刺しに箸を伸ばしたところ、、室温で程よく脂身が溶け出して、ほのかに透明感をおびているそれを口に入れた瞬間、オーマイガッ、、、先ほどとは、まるで違う味わいと食感に驚愕。
じんわりと、口の中いっぱいに広がる、木の実の芳醇な香りと甘み!そして、生肉ならではの、ねっとりとした艶かしい舌触りと食感!さらに、長期熟成されたワインのような、湿った土や、樹皮、落ち葉、そしてほんのかすかな血の味と、血の香りが重なり、溶け合ったような、実に複雑で、繊細な風味、、、
これは旨い、というか、尊い。
例えるなら、山で生まれた子熊が、森の中を駆けめぐり、遊び、餌を食べ、成長し、そして猟師の鉄砲に撃たれて命を落とすまでの、熊の一生分の時が凝縮されたような味わい、といえばいいのでしょうか。命をいただくことの感謝と、責任のようなものすら感じさせる、とても貴重な体験でした。
そして気づいたら、昨日まで失意に沈んでいたはずの私の心と身体に、再び生気が漲ってきたことを感じました。あの時、確かに私は、お店のお父さんとお母さんと、そして熊に救われたのだと思います。

何だかんだで2時間近く滞在してしまい、店を出たら外は真っ暗でした。
これからまた山道を通って、一関まで戻ることを考えたら、栗原に宿を取っておけば良かったと少し後悔、、
④につづく

