縁をひらく建具

組子名刺ケース「Enishi」について

組子名刺ケース「Enishi」は、当社の人気商品です。ありがたいことに、今では秋田県知事や能代市長だけでなく、県内外の経営者、公務員の方々、年齢や性別を問わず、多くのこだわりあるお客様に使っていただいています。量販店で気軽に買える名刺ケースと比べれば、かなり高級品だと思います。それでも手に取ってくださる方がいて、贈り物に選んでくださる方がいます。

特に、地元の方々が本当に多く買ってくださっていることには、正直驚き、同時に、とてもありがたく感じています。応援するように買ってくださり、「いいものをつくったね」と声をかけてくださる。それは、単に商品が売れたということ以上の出来事でした。

さらに、これをきっかけに当社のことを知って、入社を志望したという人たちが、最近の新卒の採用では、実はほとんどです。こんな時代に、これ以上嬉しい成果はないと思っています。

社長の道楽、と言われた

当社で組子細工を本格的に始めてから、今年で丁度10年目になります。意外に思われるかもしれませんが、当社の79年の歴史の中では、割と最近始めた部類になります。理由は、製造の手間がかかり過ぎて、工業製品にはなりえないという点。また長年建築のトレンドから外れたマニアックな分野だったので、当時も今も、この道一筋でやっている個人や小規模の事業所以外は、企業として取り組んでいるところはほとんどありません。

それなのになぜ始めたのか?そのきっかけは、10年前にオープンした「フォーシーズンズホテル京都」の案件を受注したのがきっかけでした。その経緯については、別の機会に譲りますが、本格的に組子細工を始めた当初、工場や身内には反対する人間が多くいました。名刺ケース?ブローチ?なんだそれ…と。

「社長の道楽だ」

そう言って、陰で馬鹿にされていたことも知っていましたが、まぁ当然だったと思うし、ある意味、洗礼のようなものだと思っています。新しいことを始めるとき、最も反対するのは、いつだって身内です。一番近くで見ているからこそ、甘い夢では納得してくれません。会社の現実も、現場の苦労も、数字の厳しさも知っています。

「それは本当にやる意味があるのか」と問われる。
「それで会社が良くなるのか」と疑われる。
「ただの趣味ではないのか」と笑われる。

そういう目にさらされながら、それでも続けられると、物事はだんだん一人前になっていきます。とはいえ、当時の自分が、最初からすべてを言語化できていたわけではありません。趣味や余興のように、何かをしているつもりではありませんでしたが、会社の皆が納得できるような、丁度よく説明する言葉を、当時は持っていませんでした。ただ直感として、木の良さや、幾何学模様の普遍的な美しさ、そして当社ならではの、日本的なものづくりの奥深さを若い世代に理解してもらうには、たぶんこれが一番分かりやすいと思っていました。

世界最小の建具

社内での肩身の狭い日々にもめげず、専属のスタッフたちは、よく頑張ってくれていたと思います。地道な研究と試行錯誤を重ね、製品の完成度を上げていきました。その努力が実り、始める以前から憧れていた、セレクトショップ BEAMSでの販売も、思いのほか早く実現しました。それを知ったある方が、Enishiを見て言いました。

「これは、大榮さんの世界最小の建具ですね」

その言葉を聞いたとき、すごくピンときました。そうだったのか、と。自分たちがつくっているものは、本業に対するサブではない。王道に対する邪道でもない。どこまでいっても、これは建具屋の仕事なのだ。そう思いました。小さな木の箱の中に、建具屋として当社が培ってきた技術と、美意識が詰まっている。木を選び、細かな部材を組み、寸法を合わせ、手に収まる感触をつくる。大きさは違っても、考えていることは建具とつながっています。

組子細工は、建具の技法のひとつです。空間を仕切り、光を通し、視線をやわらげ、人の暮らしに寄り添うための技術。その考え方を、小さな名刺ケースの中に入れている。そう考えたとき、自分たちがやってきたことに、ようやく言葉が与えられた気がしました。これは小物ではない。ただの土産物でもない。会社の片隅で始めた副業でもない。まぎれもなく、建具なのだ。

その言葉に、誇りも感じました。同時に、可能性も感じました。建具屋は、扉や障子だけをつくる存在ではありません。空間と人の関係を考える仕事であり、木の技術を通して暮らしの入口をつくる仕事なのだと思えました。世界最小の建具。その言葉は、今でもとても好きです。でも、それからまた何年か経って、今はさらに深く、自分たちの仕事を見ているように感じます。

縁をひらく建具

Enishiは、世界最小の建具です。でも今は、それだけではないと思っています。Enishiは、建具の役割を、空間ではなく「人と人のあいだ」に持ち出したものなのです。名刺は不思議な紙です。名前と肩書きと連絡先が書かれているだけなのに、それを差し出す瞬間、少しだけ空気が変わります。はじめまして。よろしくお願いします。何をされているんですか。そんな会話の、ほんの少し手前に名刺があります。そして、その名刺を納めているのがEnishiです。

名刺を入れて、蓋を閉じる。けれど、人と会うときにはそれをひらく。その小さな動きの中で、木が見えます。組子細工が見えます。手仕事が見えます。そして、少しだけ会話が生まれます。

「それ、なんですか!?」
「それ、いいですね・・・」

たった一言で、場の空気がやわらぐことがあります。初対面のぎこちなさが、少しほどけることがあります。建具が空間と空間のあいだにあるものだとすれば、Enishiは、人と人のあいだにある建具なのだと思います。まだ何者でもない関係に、小さな入口をつくる。
閉じていた距離を、少しだけひらく。名刺を渡すその瞬間に、縁が生まれる余白をつくる。人と人が出会い、言葉を交わし、まだ見ぬ何かが始まる。その境目に、そっと置かれるもの。だから今は、こう呼びたいのです。「縁をひらく建具」と。

Enishiを手にしてくださる方の多くは、ただ名刺を入れる道具として選んでいるのではないと感じています。そこにある物語や、手仕事の気配、木という素材のあたたかさ。そして、自分が誰かと出会うその瞬間を、少しだけ大切にしたいという気持ち。そういうものに、どこかで共感してくださっているのだと思います。これからも私たちは、ただ美しいもの、ただ高級なものをつくるのではなく、人の暮らしや出会いの中に、静かに残るものをつくっていきたいと思っています。

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この記事を書いた人

株式会社大榮木工、三代目代表の能登です。
木都・能代に根づく木の文化、職人たちの手仕事、そしてふるさとの風景。
日々のものづくりを通して見えてくる、木と人、土地とのつながりを、三代目の視点で綴っていきます。
自社製品のこと、受け継いできた技術のこと、少し不思議で心惹かれる場所のこと。
大榮木工の過去と現在、そしてこれからを、静かにお届けできればと思います。