迎える祭り、送る祭り

今年の能代の夏祭りも、ほぼ終わりました。

ほんの数日前まで、遠くで太鼓の音が響いて、人が道路にはみ出して、夜なのに町全体が妙に明るかった。それが祭りが終わった途端、何事もなかったように信号が点滅して、コンビニの駐車場にはいつもの車が停まっています。人と人のあいだにも、いつの間にか普段のよそよそしさが戻っている。町だけじゃなく、夏そのものが、少しずつ店じまいを始めているようにも見えます。祭りの後は、いつもこんな感じです。だから夏も祭りも少し苦手なんですよね。

まぁ、そんな寂しいことを言っていても仕方ないので、気持ちを切り替えて、来年の祭りの話をしようじゃないかと。一年先の話なんて、ずいぶん気が早いようにも思えますが、祭りというのは、終わったその日から、もう次の祭りが始まっているようなところがあります。今年の祭りの熱が、まだ少しだけ町に残っている今のうちに、そんな来年の話をしてみたいと思います。

来年見てほしい、能代の二つの祭り

能代に見に来てほしいお祭りは色々ありますが、初めて来るという方には、やはり8月の七夕シーズンをお勧めします。7月の花火大会とか、日吉神社の御神幸祭(お神輿や丁山)も大変良いお祭りですが、能代を象徴する祭りといえば、やはり七夕ってことになるのではと。

すなわち、「天空の不夜城」と「役七夕」です。どちらも、大きな城郭灯籠が町を練り歩く祭りです。

写真だけを見ると「大きな灯籠ですね」くらいに思うかもしれません。「似てるし、仲間ですか」と。でも現物を見ると、だいぶ様子が違うし、仲間かどうか町の人に聞くと、場合によっては、ちょっと待て!ということにもなります。説明しにくい様々な大人の事情。でもそれ自体が、人間臭くて面白いところでもあります。

大きすぎる天空の不夜城

一言でいえば、天空の不夜城は、とにかく大きい。普通、祭りの山車というのは人間が見上げる程度のものですが、二階建て、三階建ての建物の横を、巨大な城がぬるっと動いていく。理屈では分かっていても、目の前に来ると、大いに感心しつつ、何故かちょっと笑ってしまいます。デカすぎて。ちょっとこれ、大丈夫ですか?(笑)と。

大丈夫じゃねえよ! という心の叫びが聞こえなくもない笑

こんなデカいものを、毎年組み立てたり、分解したり、運ばなければならないとなると、そりゃぁ、赤字でヤバいでしょうなと。でもこの、いい意味での「やりすぎ感」が天空の不夜城の魅力です。初めて能代へ来る人には、まずこちらを見てほしい。

華やかで、分かりやすくて、写真映えもする。観光というものは、まず分かりやすく驚かせてなんぼです。いきなり「この祭りには地域共同体の誇りと記憶が……」などと始めたら、来るものも来づらくなります。「うわ、デカい!すごい!」で良いンだなと。文化との出会いなんて、そのくらい雑なところから始まるのがちょうど良い。

またやる方も、毎回少しずつ変えて、見せ方を工夫して、試行錯誤して取り組んでいるのがすごく良いと思います。町の外からのお客様に、能代の七夕を楽しんでいって欲しい!という、前向きなパワーに溢れています。その大きさに驚嘆しつつ、能代の七夕「ダイジェスト版」を楽しんで行ってください。というお祭りが、天空の不夜城です。

このデカさは、いつまでも瞼に焼きついて離れないでしょう。

ディープ役七夕

能代の七夕行事の「入り口」が天空の不夜城ならば、そこを通って必ず見ていって欲しいのが、もう一つの七夕「役七夕」です。不夜城と全く同じ祭囃子、似たような城郭灯籠が町を練り歩くお祭りなのですが、こちらは空気が少し違います。天空の不夜城が、分かりやすく外へ向かって開かれた祭りだとすれば、役七夕はもう少し、町の内側へ向いていて、分かりにくい。つまりディープなんですよ。

伝統的な当番制によって運行される役七夕は、今年のように灯籠が何台も出る年もあれば、一台だけの年もあります。巡航ルートも毎回違うし、いつ、町のどこに行けば見られるのか、やってる人たちにしか分からない節まであります。だから、去年見に来た人と、今年見に来た人の会話が、宿命的に噛み合わない。観光客には、なかなか不親切な祭りです。でも、それが役七夕でもあります。見えているもの(灯籠)の後ろに、町の伝統や、地域と人の繋がりといった、見えないものがくっついている。私が役七夕に「能代らしさ」を感じるのは、そういうところです。

そして何より、二日目のクライマックスに、灯籠のシンボルとも言える、鯱に火をつけて、焼いて海に(昔は川でした)流すのが、役七夕の最大の見せ場。

せっかく作ったものを、最後に燃やす

役七夕は、「ねぶながし」が源流のお祭りです。夏場の疲れや邪気を払う禊(みそぎ)の行事として、江戸時代に東北の農村に広く伝わりました。青森のねぶたやねぷた祭りも、秋田の竿燈も、元は ねぶながしだったものが、形を変えて今に伝わっています。そのオリジナルに近い形で残っているのが、役七夕の鯱流しです。

実は、子供の頃の私は、その鯱流しが好きではありませんでした。理由は単純で、鯱がもったいないから。あれだけ格好いい鯱をつくって、皆で曳き回し、町中で盛り上がった挙句、最後には燃やしてしまう。しかも川に流してしまうなんて、子供の頃の私には、まったく理解できませんでした。燃やさずに、残しておけばいいじゃない?来年また使えばいいじゃない?何なら、秋にもう一回やればいいじゃない?と。

清助町組だけの、コバルトブルー仕上げの青鯱がカッコ良すぎる

今考えると、妙に原価意識の高い子供でした。さすが商人の子。「パンがなければ、お菓子を食べればいいじゃない?」と言った貴族の子マリー・アントワネットとは違います。シャチがなければ、シャコでもいいわけではありません。

でも本当に嫌だったのは、鯱がなくなることだけではなく、むしろ祭りが終わることでした。鯱に火がつくと、祭囃子の曲が変わります。威勢の良いメロディが、急に物悲しい調子に変わる。あの音を聞くと、子供にもわかるのです。「ああ、祭りが終わるんだな」と。祭りが終わる。夜が終わる。夏が少しずつ向こう側にいってしまう。

子供の頃の私には、それがただ途方もなく、寂しいだけでした。でも今になって思えば、あの寂しさこそ、役七夕の一番大事なところだったのかもしれません。つまり役七夕とは、「送る祭り」なんですよね。「失う」ところまでが、祭りなんです。いくつもの、旅立つ船を見送ってきた寂しさを、どうしても拭い去ることができない港町ならではのお祭りです。そのように喩えたのは、私の叔母でした。

叔母が「鯱流しを見たい」と言った夜

三年ほど前、叔母と妻と三人で、この鯱流しを見に行きました。若い頃から、よく言えばアーティスト、でも身内からは変わり者(愛を込めて)という評価の叔母でしたが、晩年は、私のことを息子のように可愛がってくれた人でした。第二の母、と言ってもいいくらいです。

その叔母が、突然「鯱流しを見に行きたい!」と言い出した理由は、今も分かりません。昔の記憶があったのか。故郷の景色をもう一度見たかったのか。それとも、ただその日の気分だったのか。本人に聞いておけばよかったな、と今になって思います。あの晩、叔母は最後まで上機嫌で、子供のように、夏祭りを楽しんでいました。今年の7月、その叔母が亡くなりました。そして35日目の忌明けの日が、今年の鯱流しの日でした。

祭りというのは不思議なもので、こういう個人的な記憶や、情念や、執念を全部のみ込んだまま、翌年には何事もなかったようにまた始まります。こちらがどれだけ感傷的になっていても、笛や太鼓は勇ましく鳴り響きます。

祭りは案外、他人の事情に冷たい。でも、その冷たさが良い。人間一人の悲しみや孤独程度では、止まらないものがある。そういうものに、人間は少し救われるのかもしれません。

子どもの頃、鯱がなくなるのが嫌でした。でも今は、失われるからこそ、残るものがあるのだと思っています。物そのものを永遠に保存することではなく、誰かが受け取り、また次の年にやろうと思うこと。そしてまた最後には、手放すこと。私にとって能代の役七夕は、そんな祭りです。

形は失っても

余談ですが、能代には、つい最近まで「こども七夕」もありました。子どもたちが灯籠を曳き、笛や太鼓に触れ、祭りを身体で覚えていく。僕らの世代にとっては、ごく普通の夏の風景でした。でも少子高齢化のなかで、その祭りも2024年を最後に終わりました。昔からあるものは、なんとなくこの先も続くような気がします。でも、人がいなければ祭りは続きません。伝統というのは放っておいて残るものではなく、毎年誰かが「今年もやるか」と面倒なことを引き受けることで、ようやく翌年につながっていく。

これは祭りだけの話でもありません。能代はかつて「木都」と呼ばれ、木材産業で大きく栄えた町です。一つの時代を飾った企業がなくなり、工場が消え、また新しい会社が生まれる。仕事も町の景色も変わってきました。私自身、木に関わる仕事をしているので、これは昔話でも、人ごとでもありません。祭りも、産業も、企業も、同じ姿のまま永遠には続かない。でも、変わるからこそ残るものもある。役七夕も、きっとそうなのでしょう。そうであってほしい。

来年もまた、誰かが鯱をつくり、町を曳き、最後には火をつける。そしてその火を見ながら、また誰かが「夏が終わるな」と思う。そんなふうにして続いていくのなら、それでいいのだと思います。

来年の8月、能代で

だから来年、能代へ来てください。まずは天空の不夜城を見上げて、

「これはちょっと大きすぎるだろう」

と笑ってください。写真も撮ってください。SNSにも上げてください。そういう入口でいいと思います。でも、もし時間が許すなら、役七夕も見てほしい。そしてできれば、町を練り歩くところだけ見て帰らず、翌日、能代港へ行ってください。鯱が燃えて、流れ去っていくところまで見てください。祭りというものが、盛り上がるためだけにあるのではなく、終わるためにもある。ということを感じてもらえると幸いです。

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