12レーンの街の居場所 ①

能代スポーツセンター・高橋和彦さんインタビュー

「能代スポーツセンター」という施設がある。能代でだだ一つのボウリング場と、バッティングセンターだ。文字にすると、それはとてもわかりやすい。「ああ、遊ぶところね」と思う。けれど、能代で昭和から平成に青春時代を過ごした人たちにとって、この場所は、そんなに簡単に片づけられる場所ではない。

祖父母や親に連れられて来た。友達と来た。部活帰りに寄った。デートで来た。たいしてうまくもないのに、なぜか妙にいいスコアが出て、その日だけ少し自分のことを好きになれた。どうでもいいようで、ぜんぜんどうでもよくない記憶。そういうものが、この場所にはたくさん染み込んでいる。

しかも、ある世代の人たちは、能代スポーツセンターという名前より先に、別の名前を思い出すはずだ。秋木スポーツランド。木都能代の歴史を切り拓いた「アキモク」の流れをくむ企業が立ち上げた施設である。ボウリング場と、バッティングセンター。でも、その奥には、能代の時間がある。人の記憶がある。世代をつないできた、街の風景がある。この十数年間で、私たちはいくつもその風景を失ってきた。

平成10年、この場所の経営を引き継いだ高橋和彦さんに話を聞いた。高橋さんは、よく冗談を言う。それも、人を少しドキッとさせるような、シニカルな冗談を言う。照れ隠しのようにも聞こえる。でも、話を聞いているとすぐにわかる。この人は、この街が好きなのだ。ボウリングが好きなのだ。そして何より、この場所に来る子どもたちや、ふらっと顔を出す人たちのことを、ずっと見ている。想っている。

12レーンの小さなボウリング場を、なぜ守り続けるのか。しかも、たった二人のスタッフと、自分を入れた三人だけで。毎日くたくたになりながら。その答えは、きれいな言葉ひとつでは収まらない。だから今回は、高橋さんの言葉を、できるだけそのまま聞いてほしい。

昔は、みんなボウリングだった

――こちらの施設は、昭和45年に秋木工業さんによって設立された「能代ボウル」が始まりとお聞きしています。ボウリングブームの最盛期は、姉妹店を入れて2ヶ所、他の系列のお店も合わせると、この小さな能代の街に4ヶ所もボウリング場があったそうで、大変驚きました。

高橋さん
昭和40年代から50年代頃ですよね。懐かしいですね。

――私の祖父母世代は、ちょうどボウリングブームの ど真ん中を過ごした人たちなんですよ。子供の頃、家に遊びに行くと、施設の前身にあたる「能代ボウルや「秋木スポーツランド」のトロフィーがたくさんあって。仕事終わりに、毎晩夫婦でボウリングに行っていたという話を生前聞かされました。

高橋さん
極端に言うと、昔は「遊びに行くか」と言ったら、もうみんなボウリングだったんですよ。平日も週末も、それこそ毎晩のように。自分なんて、仕事の合間に1日30ゲームも投げていました。余裕で。

――30ゲーム! しかも仕事の合間(笑) 今では考えられないですね、、、とても大らかで、良い時代だったんだなと思います。

高橋さん
今はボウリング以前に、人それぞれ趣味も嗜好も違うし、時間の過ごし方が全然変わりました。多様性の時代って言うけれど、友達同士でボウリングに来ても、一人は投げているけど、一人はスマホを見ている。一人はゲームをしているとか。同じ場所にいても、コミュニケーションは非常に薄まっていっているのを感じます。

――それは感じますね。若い子たちが来ていても、誰かがストライクを出して、みんなで「ナイス!」と盛り上がるというより、それぞれが、それぞれの時間を過ごしているように見えるときがあります。

高橋さん
もちろん、そうじゃない子たちもいますよ。この前も、部活を引退した高校生かな。クラスの10人くらいで来て、ワーワーキャーキャーやって。終わってから、ここでみんなで写真を撮って。

「入ってください!」

って言われて、私も入って。たぶんインスタか何かに載っているのかなと思いつつ、そういう子たちが来ると、すごく嬉しいですね。

うまい人しか来られない場所にはしたくない

――日頃からここに来ていて良いなと感じるのは、常連さんと、たまに来るお客さんとの距離感が、絶妙なことなんです。たとえば、自分が少し良いプレーをしたときに、いつも見かける常連の方が、一言だけ「ナイスッ」と声をかけてくれる。そうされると、調子が上がらない日でも、なぜかだんだんスコアが上がってきて、妙に楽しくなってくるんです。

自分たちも、常連さんのプレーに軽く拍手を送ったりする。そうすると、レーン全体に不思議な一体感が生まれる。でも、だからといって、プレー中や終わった後に長話をするわけではない。一言、二言だけ会話や挨拶をして、また自分のプレイや人生に戻っていく。そういう不思議な世界がここにはあるんですよね。それがすごく好きで、夫婦でハマってしまっています。

高橋さん
ありがとうございます。それが、ここの秩序なんですよ。お互いに悔しがったり、お互いに喜んだり。それが大切なんです。でも、必要以上に深く立ち入らない。それが重要です。

――その空気って、自然にできているものなのかなと思っていました。でも、高橋さんの話を聞いていると、そういう場をつくる意思が働いているんだなと感じます。

高橋さん
マイボウラーさんが、自分の練習で投げて、ボウリングを楽しんでいただく分には、もちろんいいんです。だけど、初心者のお客様の近くに行って、「ああでもない」「こうでもない」「こうするように」って、後ろに立つ人がいる。善意なのはわかりますが、そういう行為は、うちでは完全にお断りしています。

――本当に、単なる善意なんでしょうけどね……私も苦手です、下手だし自信がないので……

高橋さん
特に中高生とか、初めて来た人たちは引いちゃうんですよ。他のボウリング場だったら見て見ぬふりをするところも多いと思うんだけど、うちは、目に余るようなら注意しています。そこらへんが、他のボウリング場と違うところかなと思います。

でもマイボウラーさん全員がそういう人じゃない。というか、ほとんどはそういう人ではないんですよ。でもたまに、ちょっと話が長いなと感じるときは、「あんまり長くしちゃダメよ」ってね。

レーンの配置にも、見えない配慮がある

――初心者のグループが来たときに、気をつけていることはありますか。

高橋さん
初心者の方たちは、友達やお知り合いと5、6人で来ることが多いのですが、だいたい皆さん、1ゲームに何分かかるかわからないで来ています。だから1レーンに全員で入ろうとすると、「2レーン使えるよ」と声をかけたりします。中だるみしないペースで、楽しく遊んでもらえるように工夫しています。あとは、見守りつつ、それこそ教えたがりの餌食(笑)にならないように、という部分はあります。

高橋さん
逆に、一見さんたちのワイワイした雰囲気が苦手だという常連の方もいるので、そこらへんは考えながらやっています。

――子どもの頃から遊びに来ていて、「今日はなんでこのレーンなんだろう?」と思うことがありました。ちゃんと見て配置していたんですね。

高橋さん
コンピュータで全体を管理して、今日あまり使っていないところにお客様を流していくのが基本なのですが、今、誰がどこで投げているかを見て、じゃあここがいいね、と考えます。小さいお子さんがいると、「端っこはどうですか」と声をかけることもあります。

――カップルで来ている人たちも見ますか? この人たちは、今どれくらいの関係なのかな、、?とか

高橋さん
関係性までは考えないけど(笑)。

でも、今どきはカップルで来る人も少なくなりましたね。そういう人たちは、あまり真ん中には入れないようにします。どちらかに寄せて。その後に入ってきたお客様も見て、カップルのそばには置かないようにしようとか。

――静かな思いやりですね

高橋さん
その場で考えて、アドリブでやっているから、あまり記憶には残らないんだけどね。

ボウリングは、競わなくても楽しい

コス合わせで遊びに来ていたイケメン5人組!

――ボウリングというゲーム自体についても聞きたいです。下手な人でも、たまに偶発的にストライクが出る。そうすると異常に楽しい。逆に、ここ一番でガターが出ると、それはそれでかなり盛り上がる。競技だけど、競わなくても楽しい。ボウリングって、ある意味今の時代に合っているんじゃないかなと思うんです。

高橋さん
それはあると思います。昔と違い、上達することや、競うことが今の時代の楽しさとは限らない。だから駄菓子を始めたのも、そういうことなんです。携帯の画面の外で、友達と一緒に過ごすゆるい時間を楽しむのに何が必要なのかなと。

昔は喫茶店があって、飲食もあったんだけど、今はなくて。一時期、カップヌードルを置いて、ポットを置いて、というのも考えたんですけど、その前に、駄菓子がちょうど良いかなって。

――放課後クラブ(※)も、そういう考えですか。

高橋さん
そうです。本当に学生が来なくなっていたから。「放課後」という言葉でちょっと引っかけて、安くする。ただ安くするだけじゃなくて、3ゲーム以上投球で、貸靴代はキャッシュバックします。これが受けているんです。もっともっと増やしたいなとは思っています。ただ、中学生は学校によっては「ここに来たらだめよ」というところもあります。だから、少し学生さんの勉強のためにもなりたいなと思って、図書券を景品として出したんです。

最初は上位20%だったけど、それだと人が増えすぎて、何万円にもなってしまう。今はゲーム数でトップ10に、1,000円の図書券をプレゼントしています。表向き、学生さんの勉強にも役立ちますよ、という感じで。

※ 放課後クラブ:学生向けに行っている能代スポーツセンターの企画

――小さな子どもたちには、どういうふうに声をかけていますか。

高橋さん
小学生のときには、「よくできました」のハンコを押したり。「明日もやってるよ」って言ったり。今日はだめだったなという人には、あまりマイナスな言葉はかけないかな。「はい、もっと練習しましょう」ってぶった切る(笑)。そうすると、「そうだよね、練習だよね」となる。

いいときは、「今日絶好調じゃん」とか。でも基本的には、初心者を悩ませるとよくないので、あまり言いすぎないようにしています。

トイレは見てほしいですね

――ところで、この建物の中で、初めて来るお客様に、まずここを見てほしいという場所はありますか。

高橋さん
トイレですね。常に綺麗で、気持ちよく使っていただける場所にしています。あとは、常に指穴が手前にくるように整理整頓されたボール。それから照明の使い方とかは、こだわりました。

本当は、レーンのほうはむちゃくちゃ明るくして、カウンターやロビー側はもう少し照明を落としたかったんです。まだ明るすぎたかなという部分はあるんだけど、そこらへんの照明の使い方にはこだわりました。昔旅行した時に宿泊したホテルなどから影響を受けています。

――ほんとだ、灯りの色が違いますね!以前から何となく、クラシックホテルみたいな照明の雰囲気だと思っていました。ホール裏の廊下とかも、すごく雰囲気があります。トイレもいつも綺麗ですよね。来るたびに思います。

高橋さん
自分たちも使うじゃないですか。トイレが終わったあと、手を洗ったときに、まず鏡をチェックする。ポツポツと水滴があるのは、置いてあるマイクロファイバーで取る。そういう作業は、スタッフにも「やりなさい、やりなさい」と言ってきました。「お客さんに失礼だよ」「お客さんが喜んでくれないよ」って。でも、そう言い続けていると、みんな辞めちゃうんだよね……(苦笑)。

――わかります。それは本当に難しいですよね。今の時代は特に。

◆ ①はここまでになります。②は高橋さんが事業を引き継ぐことになったきっかけや、それからの悲喜交々、そして未来への想いについて。さらに、長年通っている常連も見たことがない裏方の機械ルームや、高橋さんの個性溢れる施設内のオモシロ謎スポットをご紹介します!

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この記事を書いた人

株式会社大榮木工、三代目代表の能登です。
木都・能代に根づく木の文化、職人たちの手仕事、そしてふるさとの風景。
日々のものづくりを通して見えてくる、木と人、土地とのつながりを、三代目の視点で綴っていきます。
自社製品のこと、受け継いできた技術のこと、少し不思議で心惹かれる場所のこと。
大榮木工の過去と現在、そしてこれからを、静かにお届けできればと思います。